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手術中の不思議体験

 投稿者:心停止者  投稿日:2017年 9月 5日(火)17時18分11秒 KD182251253014.au-net.ne.jp
返信・引用
  先日、仕事中に心筋梗塞になり救急車で病院に運ばれました。
カテーテルを入れて血管の詰まりを除去してる時かと思うが、急に意識が頭頂部を通り越して吸い出された感覚があり、客観的に自分が心臓マッサージと電気ショック?やられてる姿が目に入り、不謹慎にも自分が人形っぽい姿にゲラゲラ笑ってた気がします。そして、なにか穴?みたいな所に入ってそこで子供の頃の夢とか楽しかった思い出とかパズルのピースみたいにプカプカしてるのを見てたら、最後のピースみたいなのが亡くなった父親の最期の心臓マッサージされてるシーンでそれをめくったらダメな気がして振り返ったら人形みたいに心臓マッサージされてた自分の姿が父親に変換されてて、あれ?って眺めてたらなにかすっごく気持ちの良いスッキリした感覚とともに目を開けた。その時、心臓マッサージをしてた先生にスッゲー気持ち良かったって言ったんだけど、手術後笑われたなぁ(笑)
何と無く自分が経験した事を忘れない為に文章にして見たけど、これが臨死体験なのかどうかは判断つかないですね。
 
 

臨死体験

 投稿者:BINGE  投稿日:2017年 7月31日(月)08時32分46秒 p276027-ipngn200609kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
返信・引用
  以前、わたしは、過労により、脳出血で会社の事務所で倒れ、即死6割、一生意識不明4割の前例の中、一生意識不明七か月後に、たまたま目をさまし、リハビリテーションの後、自宅でネットをしている状態の人物ですが・・・。よく、臨死体験で、語られる、三途の川だとか、まぶしい光のかたまり、などはなく、


自分の印象1)→会社の事務所で倒れてバタバタやって、寝ている感じから、いきなり時間がワープして、七か月後の病院のベッド!という感じでした。

自分の印象2)→脳出血でたおれて、床にころがっているときに、頭の中が、ボワー、ボワー・・・。っと、熱くなっていきました。(1分ほど記憶あり)←3年後に、脳の専門病院で撮影した脳の断層撮影に、絵の具をこぼしたような、異常な画像が広範囲に!しかも、医療用シリコンチューブらしき、物体が!(俺は改造人間か!)

画像を見たDr.のコメント)→シャント?


その時にふと思ったのは、”人間はこうやって、死んでいくんだなぁ・・・。と!”
で、いきなり時間が7ヵ月ワープし、病院のベッドで寝ている自分、目をあけたら、病室の天井が・・・。

当時もう意識はもどることがないだろう?という診断で、目をさました7か月後は他病院に転院していたのでした。

くわしくは、
http://binge3.web.fc2.com/buninshou/7a.html これの7-11の文をご覧ください。

http://binge2.web.fc2.com

 

(無題)

 投稿者:azusa  投稿日:2017年 7月24日(月)10時36分12秒 softbank126207139176.bbtec.net
返信・引用
  今です。
臨死体験をしている最中に臨死体験のことを知ろうとしています。
帰ってこれたなら、また記録します。
 

Re: パールピンクの空間

 投稿者:地球の裏側  投稿日:2017年 6月30日(金)03時01分46秒 d54c11446.access.telenet.be
返信・引用
  > No.156[元記事へ]

私の体験ともとても似ています。私はパールピンクではなくて真っ白な光の世界でしたが、、。
そして光の存在のことは感じませんでしたが、その空間そのものが、全ての源で、これを皆、神といったりするんだろうな、私はあなたであなたは私で全てが一つなんだ、巨大な愛情の光の粒からできているんだ、ということを思い出しました。

とてつもない幸せと安心感で、目覚めた後にも胸が物理的に愛で満たされているのが実感できました。
まるで胸に愛情の塊の物質が埋め込まれたかのように、、。

結局、そのような体験を私は何度かしたのですが、
その世界とこの世が本当は同時に存在していて、この世とあの世はエネルギーが重なっているのが分かってるのに、実世界は平凡でジレンマです。

あの世界とのエネルギーがこの世界、私自身に重なっていることを、実生活で実感できれば幸せだろうな、、と思います。

それから15年間、平凡な生活をしていて、、、私の探求のきっかけになりました。

最近、非二元論の本を読んでいて、まだ最後まで読んでいないので何とも言えませんが、
現状では、なんとなくそれが私の求めていた回答ではないか、と思います。
本の内容で途中まではとてもよく理解できます、途中までは自分自身が体験してきたことなので、、。

本を読み終わったとしても、本だけで実生活まで活かせるかどうか大きな疑問ですが、
とりあえず本を最後まで読んでみたいと思います。

もし、あの世界の感覚を生きたまま、この世界でも使われている方がいたら、教えてください、。
それが本当に幸せなのか、そしてどのようにしてそのような境地に至ったのかを、、。

難しくなったかもしれませんが、
死後のの体験をされた方ならきっと誰か回答をいただけるのではないかと思います、、。
よろしくお願いします。
 

パールピンクの空間

 投稿者:なお  投稿日:2017年 6月29日(木)18時48分10秒 s105.101.21.1.ipda.vectant.ne.jp
返信・引用 編集済
  20代前半の頃、重い喘息の発作で度々入院していました。
その日は特に発作も無く自宅で眠りにつきました。しばらくすると自分が巨大な球の内側にいるのがわかりました。不思議な感覚で、果ても天井もみえなくて、ただ明るく薄いパールピンクに光る無限に思える空間です。でも球の内側のような場所だと感じました。私の前3メートルくらいの少し上に光る存在がいました。目でははっきり見えないのですが、輪郭のない光る存在がいるなあとわかる感じです。
その存在が私の頭に、この世に関する全てのこと、死後の世界や、宇宙の成り立ちから仕組までありとあらゆる情報を一瞬で伝えてきました。私はひたすら「そうだったのか、ああそうだったのか!」と凄まじい納得の仕方をしていて、これ以上ないほどの安心感で満たされていました。本当に幸せだ、良かったと思っているうちに、いつの間にか戻されて目が覚めました。夢とは全然違う感覚であらわしようのない美しい空間でした。
 

行ったり来たり

 投稿者:かずくん  投稿日:2017年 6月24日(土)17時23分13秒 d2c662b9.t-net.ne.jp
返信・引用 編集済
  長年にわたり大酒を飲んでいたのですが、7度目の退院のあとしばらく禁酒をしていました。

飲まない生活が半年ほど経過したので、町工場で働くことにしました。
溶接の仕事を1週間ほどした後です。

体をぴくぴくさせるような痙攣が起こり、それが次第に全身に及び、話は家族の問いにオウム返ししかできなくなりました。

救急車で病院に行き検査を受けるも異常は出ません。

帰宅し、翌日は隣町のミーティングにも参加したようです。(私はほとんど覚えていません。)
家では無意識に、20代の娘のあとを泣くまで追い回したり、女性の絵を何枚も書いたりという異常行動をとり続けました。

再び救急車で病院へ。

その時の、ベッド上での体験です。

現在の自分が洗濯機にかけられているようにぐるぐる回り、過去の世界へ意識が向かっていきます。まず、最近の事件が体の中で起こり、そしてどんどん歴史をさかのぼります。

明治時代、江戸時代・歴史上の様々な人物・白亜紀、ジュラ紀、地球、太陽系、銀河系、宇宙へといきやがて、「無」(そこはとても居心地の良い暗闇)にいきつきます。

心からほっとしていると、今度は現在の自分に向かって、さっきたどったのと反対に歴史と場所を戻ってきます。戻るときはとても苦しいのです。

やがて、ひゅん、とベッドの「自分」になります。

この行ったり来たりの体験が3回繰り返され、自分で止まりました。

その間、実際には5日間が経っていました。

後で思い出したのですが、一度だけ未来にも行きました。そこでは自由に生きたい場所に瞬間移動できるようになっていました。

「無」の居心地はとても良いものでした。

死ぬというのはああいう事なのかと思うと安心です。

 

禁断症状と臨死体験

 投稿者:かずくん  投稿日:2017年 6月24日(土)16時24分49秒 d2c662b9.t-net.ne.jp
返信・引用 編集済
  20年ほど前、長年の大酒がたたってトイレに行くたびに下血をしていました。

やがてものが食べられず仕事に支障をきたすほどに体調が悪化したため、上司に強引に町の医者に連れていかれました。

その町医者の手には負えないと判断され、大きな総合病院へと搬送されました。

そこで輸血などの内科的治療を受けましたが、アルコールの禁断症状に対しての治療はされなかったため心停止を起こしてしまいました。

その前後と思われる時の臨死体験です。

私はお城の天守閣の屋根にまたがっていました。もう一人知人でがん患者の女性もまたがっていました。
そこから見て右手には明るくきれいな景色が広がっていたのですが、左手には茶色で泥にまみれた人がうごめきながら登ってくる様子が見えました。

私は右手に行こうとしましたが、左手の泥まみれの人たちの中に、自分の家族がいて天守閣に登ってくる様子があったのです。

そのため苦しくはあるけれども、左手のほうに降りて行く事を選びました。

意識が戻った後に聞いたところでは、看護師さんがたまたま心停止にきづいて、電気ショックが施され蘇生したとの事。

胸にはその時のあととして、しばらくあざのような黒ずみが残りました。
 

アナフィラショックから

 投稿者:夢叶う  投稿日:2017年 6月17日(土)22時22分20秒 119-63-119-133.catv.tees.ne.jp
返信・引用
  8年前の6月、アナフィラショックになり病院の救急外来で手当をしている時に、あるときから苦しみがなくなり、周りの音が途絶えました。
目の前に、亡くなった祖父、おじさん、ひいばあが川の向こう岸で笑顔で両手で手招きしています。渡って行こうとしたら突然、流れが急になり渡れず、川がなくなり、看護師さんの声が聞こえてきました。その間、心停止だったようです。目を開けたら、地域の救急隊の方が正面に立っていました。心配した医療スタッフがベッドの周りに何人もいました。
それ以来、生きていると言うより、生かしていただいていると思うようになりました。
誰かの魂と入れ替わったかのように、人が変わったと言われます。
 

手術中に見た夢。

 投稿者:通りすがり  投稿日:2017年 5月 8日(月)10時33分31秒 p76ed1285.ngsknt01.ap.so-net.ne.jp
返信・引用
  手術中に見た夢。
けたたましくサイレンが鳴り響き逃げろとか怒声が聞こえた次の瞬間、爆音がしたと思ったら白い光に包まれた。
へえ、死ぬのって痛くもないし苦しくもないんだあ、良かったあ!とホッとしたら私は幽霊になったらしい。
泣いて寂しそうな家族を背後から見て私も悲しくなった。その後は覚えていない。目が覚めたら手術は終わっていた。
その後、死への恐怖は以前より薄らいだように思う。
あと、家族への感謝の気持ちが強くなった。
 

手術中に見た夢。

 投稿者:通りすがり  投稿日:2017年 5月 8日(月)10時29分56秒 p76ed1285.ngsknt01.ap.so-net.ne.jp
返信・引用
  手術中に見た夢。
けたたましくサイレンが鳴り響き逃げろとか怒声が聞こえた次の瞬間、爆音がしたと思ったら白い光に包まれた。
へえ、死ぬのって痛くもないし苦しくもないんだあ、良かったあ!とホッとしたら私は幽霊になったらしい。
泣いて寂しそうな家族を背後から見て私も悲しくなった。その後は覚えていない。目が覚めたら手術は終わっていた。
 

トンネルと至福感

 投稿者:エリ  投稿日:2017年 4月 6日(木)20時41分30秒 p76ed13fb.ngsknt01.ap.so-net.ne.jp
返信・引用
  まだ臨死体験という事がこの頃みたいに言われてない頃。
トンネルの中を意識だけの状態でいました。両側はスクリーンみたいになって生きていた間の全記憶が映し出され、その場面場面の気持ちが一瞬に同時に蘇るのです。この世界の感覚では理解できない感覚でした。
あと白色の光の中に祖母と愛猫のミーがいたのをおぼえています。
その時も私は意識だけの存在でした。光の前ではえもいわれぬ至福感だった事を覚えています。不思議な記憶です。

 

弟が死んだとき

 投稿者://  投稿日:2017年 3月 3日(金)09時00分41秒 mo27-228-174-35.air.mopera.net
返信・引用
  15年前、役所の児童福祉の仕事をしていた弟が飲酒運転の無免許トラックに轢かれました。
搬送された時、脳圧が上がり開頭手術を行いましたが、脳死・植物状態から一ヶ月後に死亡しました。
死亡の一週間前、弟がいつも引率していた知的障がい者の子供たちが、
遠足の列車の中で窓に映る弟と会話をしていた事を、引率の先生が目撃し、
子供たちから会話のことを説明されたそうです。
死後2日後、離れて暮らしている私が帰り道すがら、弔いに来た友人を車で送って行く途中、
「あ、やばい!」という弟の声を同時に聴きました。聴いたとたん、お互い同時に顔を見合わせ
「今なんていった?」と聞き合った事で同じ声とわかりました。
同じような現象はこの時、多々起きています。
 

脳出血で死亡するところでした

 投稿者:ozajk1  投稿日:2017年 1月 8日(日)20時13分38秒 118-86-45-193.ohta.j-cnet.jp
返信・引用
  近所のN川 H橋 亡くなつた父・弟がいました。その先のコンビニに来るように言われました。
私は「歩けないの行けません」と答えました。 夢に出てきたのは実在の場所です。あともう一つ夢
「H市にある祖父母の墓の前にいます。お寺の住職(すでに死去した人)がお寺の建物に来るように」部屋に入り お茶を飲みました。
 

帝王切開手術のとき

 投稿者:あかり  投稿日:2016年10月25日(火)14時53分27秒 p610142-ipngn200704tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
返信・引用
  あれも臨死体験というのか・・・息子を帝王切開で出産したときのことです。
手術にて取り出された息子を看護師さんが私の顔のところまで連れてきてくれて、あとで病室でね。といって去ってから、急に寒くなりました。
もうろうとして来て、気が付いたら手術室をふわふわっと横切って、そのあたりからものすごく強い風が吹いていました。
その段階では、「死ぬんだ。今死ぬんだ」との思いが頭をよぎり、「死にたくない!」と強く思ったことを覚えています。
気づくと手術室からは出ており、手術室に入る前にとおった、隣の何もない部屋のようでした。
そのへやのようでもあり、また別の通路?のようにも思います。記憶があまり鮮明ではいのですが、視界の景色は銀色っぽかったです。
その風にたなびくように、白い帯状のものがはたはたと揺れていました。
最初は、布かな?いったんもめんのような形状ではためいていたのですが、二匹の白い大きな蛇だと思いました。
私は妊娠初期に白い竜に乗って飛ぶ(あのときも風圧がすごくて息ができず)夢(身体的に息苦しかったが、これは夢だったと思う)を見ていたので、
その時のつかいか、もしくは白竜さんが生まれた赤ちゃんを見に来たんだ、と思いました。
そのつぎ気が付いた時にはベッドごと運ばれていて、肩を時折たたかれながら、
意識はありますか??声は聞こえますか??
としきりにされてました。
ひたすら眠く、眠い、眠い、と答えたと思います。
とにかく風が吹いていて(かなりの強風)寒くて歯がかみ合わない。
あとで寒いのは血圧が下がったからとかいろいろ聞きましたが、死んでゆく場合ああいう感じで進んでいくのだなと思いました。

出血多量だったとあとで聞きました。
死の淵だとか、そこまで深く進んでなかったので、心地よいとか暖かいとかはなかったですが、
白い二つの蛇が風の中いたところに自分も向っている最中は、このまま身を任せたらどんなに気持ちがいいことだろうか、とふっと思いました。

ところで、出産時に臨死体験のような経験をする話はよくあるようです。
友人らの中でも数人いました。
やはり、出産は命がけということなんでしょうかね。
怖かったので、もう出産はしたくありません。
 

2度目の臨死体験

 投稿者:  投稿日:2016年 8月14日(日)18時43分5秒 cpe-75-80-53-47.san.res.rr.com
返信・引用
  1度目の臨死体験から2年程後の事。
またしても喘息発作からの危篤状態。
今回は、
一面のお花畑。ピンク、黄色、青、赤と色とりどりの花。花は小さめだったかな、イメージとしてはパンジーのような。
その花畑に向かって左手奥に長い橋が架かってて、亡き祖母が一度こちらを振り向いてからまた背を向け橋を渡り始める。
そっちに行きたい。行きたい。行きたい。
ともがいてたら目がさめる。
またしても病院。
母が泣きながら傍に寄り添っていた。

どちらの臨死体験もフワフワ、とても気持ちよかったというのは共通。
気持ち良すぎてまた体験したいとさえ思える。
 

1度目の臨死体験

 投稿者:  投稿日:2016年 8月14日(日)18時36分21秒 cpe-75-80-53-47.san.res.rr.com
返信・引用
  15年程前。
気づくと目の前に細い川が流れてる。
その向こう側に亡くなった祖母の姿。
とにかく心地いいというか気持ちいいというか、言い表せない幸福感に包まれる。
祖母から川を渡ってはいけないと言われるが、祖母は何故か満面の笑み。

気付いたら病院のベッド。
喘息の呼吸困難によりほぼ危篤状態だったとのこと。
 

私の体験

 投稿者:ねこ  投稿日:2016年 8月12日(金)19時45分37秒 KD106156057235.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  それは、若いときの話で、今では夢か幻覚かハッキリとはしませんが・・

自動車で事故を起こし、ハンドルが壊れるほど強く頭を打ち付けました。
親が言うには、いつ死んでもおかしくない状態で、救急病院から大学病院に運ばれ
10時間くらい意識不明で、先生が交代で休憩しながら手術をされたそうです。

そのときの不思議な記憶が頭に残っています。

それは気づいたら、天も地もない、薄い青っぽい霧のような場所にいたことです。
肉体の感覚はなかったのですが、静かに浮かんでいるような・・
でも意識はありました。

ただ、そんなことよりも、なによりも、とても気持ちが穏やかになれる。
まさに平穏、幸せな場所で、ああ、ずっとここに居たいと思える場所です。

音楽ではない、波長のようなものを感じたのですが、
それも心が満たされるような、とても心地が良いものでした。

そこには何もありませんが、何も必要じゃないんです。

そして、なぜ人は苦しむのか? それはよく理解できました。
結局のところ「自分」があるからです。

自分と何かを比較するところに、人の苦しみの本質があります。

あのときは意識があっても自分はなかった。
だから何も心配をする必要も、考えることもなかった。

あれが臨死体験と呼べるものかは分かりませんが、
死にもっとも近づいたときの体験ではあります。

もし、死ぬということが、あの場所へ帰ることだとしたら、
私は何も恐ろしいとは思いません。

長文、失礼しました^^
 

なんだかぁ…

 投稿者:宴会番長  投稿日:2016年 8月11日(木)20時50分26秒 mo1-73-152-204.air.mopera.net
返信・引用
  真っ黄色な世界と
『菜の花』
って文字が浮かんだ。

語ると、70時間ぐらいかかる。


死ぬな??生きてりゃたまには良い事がある。
 

オチ無し

 投稿者:ニト  投稿日:2016年 7月31日(日)23時42分21秒 sp49-104-43-199.msf.spmode.ne.jp
返信・引用
  交通事故で意識不明
脳内出血複数に頭蓋骨骨折だったらしい
が一日寝て復活
とりあえずそのとき見た…夢?臨死体験?は

ただの暗闇でした
でも暖かくて、暗闇に何も無いのにあるのが分かって
一人暗闇なのに誰かが居て
あの場所に行った時ある意味で自分は死んだのかなーと
魂の在り方が変わったのかなーとか思いつつ
未だに分からなかったり
あの場所に行けるなら死ぬのは怖くないなー
とは思いつつ、生の大事さも教えられたので
とりあえず生きてます
オチ無し失礼
 

臨死体験について書いてます

 投稿者:あび  投稿日:2016年 7月12日(火)15時55分57秒 softbank126026167114.bbtec.net
返信・引用
  拙著「臨死体験であの世がわかった著者が訳した 超簡単訳 歎異抄・般若心経」(銀河書籍発行・星雲者発売)には、私の臨死体験について、まえがきやあとがきに、詳しく書いています。
http://astore.amazon.co.jp/rakutencojpab-22

http://plaza.rakuten.co.jp/abhiabhi/

 

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